2025年ブレークスルー賞受賞!素粒子研究の最前線と日本の貢献

素粒子物理学の世界的な快挙:CERNの国際共同実験がブレークスルー賞を受賞

米グーグルの創設者らが出資し、ノーベル賞の前哨戦の一つであるブレークスルー賞の2025年度基礎物理学部門で、物質を構成する最小単位「素粒子」を調べる国際共同研究グループが選ばれました。 この受賞は、物理学界において極めて栄誉ある出来事であり、日本の科学技術の国際的な評価を高めるものとなっています。

2025年4月5日(日本時間4月6日)に発表されたこの賞は、欧州合同原子核研究機関(CERN)にある大型ハドロン衝突型加速器(LHC)で行われている四つの国際共同実験(コラボレーション)に授与されました。 この受賞は、人類の宇宙理解を大きく前進させた貢献が認められたものです。

「世界が協力して成果をあげたことは、学術的な価値を超えた意味を持っている」と、国際研究グループに加わる高エネルギー加速器研究機構(KEK)の浅井祥仁機構長は評価しています。この言葉には、国際協力がもたらす科学的成果の重要性と、それが持つ普遍的な価値が表現されています。

大型ハドロン衝突型加速器(LHC):宇宙の謎を解く巨大実験施設

大型ハドロン衝突型加速器(英: Large Hadron Collider、略称 LHC)は、高エネルギー物理実験を目的としてCERNが建設した、世界最大の衝突型円形加速器です。スイス・ジュネーブ郊外にフランスとの国境をまたいで設置されています。この施設は、現代物理学の最も難解な謎に挑むための、人類が作り上げた最も複雑で強力な科学機器の一つです。

LHCは周長27キロメートルの円形の加速器で、トンネル中を時計回りと反時計回りに陽子や重イオンを高速で回転させ、検出装置が置かれている衝突点で測定を行う仕組みです。この巨大な装置は、地下約100メートルに設置されており、山手線とほぼ同じ周長を持つ規模の実験施設となっています。

LHC加速器の円周の長さは、27 kmにもおよび、おおよそ山手線1周分に相当します。この加速器はフランスとスイスの国境をまたぎ、地下約100 mの位置に設置されています。この巨大な規模は、素粒子を極限まで加速するために必要なものであり、宇宙創成の瞬間に近い高エネルギー状態を再現するための条件となっています。

解説:加速器とは?

加速器とは、電子や陽子などの小さな粒子を電気的・磁気的な力で加速させる装置です。LHCでは、陽子を光速の99.9999%まで加速させ、それらを正面衝突させることで、ビッグバン直後の宇宙に近い超高エネルギー状態を作り出します。この衝突によって、普段は観測できない素粒子が生まれ、宇宙の根本法則を探ることができるのです。

四つの実験と日本の貢献

LHCには四つの衝突点があり、それぞれの場所で行っている四つの実験が受賞理由となりました。そのうちの一つの衝突点に設置されている大型検出器「アトラス」を使った実験に日本も参加しています。

ATLAS実験(A Toroidal LHC ApparatuS)には、日本が主に参加している実験グループが含まれています。高エネルギー加速器研究機構(KEK)、筑波大学、東京大学、お茶の水女子大学、早稲田大学、東京工業大学など、多数の日本の大学・研究機関が参加しています。日本の研究者たちは、高度な技術と知識を活かして、この国際プロジェクトに大きく貢献しています。

13の大学・研究機関からなるATLAS日本グループは、ヨーロッパのCERNにある周長27キロメートルLHC加速器と、直径25メートル長さ46メートルの大型ATLAS検出器を使って、ビッグバン直後の宇宙を支配していた素粒子の研究をしています。この研究は、私たちの宇宙理解の根本に関わる重要なものです。

ATLAS実験にはKEKの研究者も多数参加しており、LHCの超伝導電磁石の開発・建設にはKEKも加わっています。 日本の技術力は世界的に高く評価されており、特に超伝導技術や検出器技術において、重要な役割を果たしています。

解説:ATLAS検出器とは?

ATLAS検出器は、LHCの衝突点の一つに設置された巨大な装置で、陽子同士の衝突で生まれる様々な粒子を検出します。直径25メートル、長さ46メートル、重さ7,000トンという巨大な装置内には、様々なセンサーが搭載されており、一瞬で起こる粒子の衝突を高精度で記録します。まるで巨大なデジタルカメラのように、宇宙創成の瞬間に似た状態を撮影し、データとして記録するのです。

ヒッグス粒子の発見と物理学の進展

アトラスを含む装置を使った研究では、物質に重さを与える「ヒッグス粒子」を発見したことが有名で、13年にノーベル物理学賞が贈られました。 この発見は、現代物理学の「標準模型」と呼ばれる理論体系において、最後に残されていた重要な粒子を確認したという意味で、物理学史上の偉業と言えるものでした。

国際チームは2012年にヒッグス粒子の存在を実験でほぼ確認したと発表。翌年、理論的に存在を予測した英エディンバラ大名誉教授のピーター・ヒッグス氏(故人)はノーベル物理学賞を受賞しました。 理論と実験が見事に一致した瞬間であり、科学の力を示す歴史的な出来事でした。

質量生成メカニズムを実証するヒッグス粒子の特性測定などが今回の受賞で評価されました。ヒッグス粒子の発見後も、その性質を詳細に調べる研究が続けられており、さらなる物理法則の理解に向けた取り組みが進んでいます。

解説:ヒッグス粒子とは?

ヒッグス粒子は、素粒子に質量を与える役割を担う粒子です。宇宙に満ちているとされる「ヒッグス場」の振動として現れます。例えるなら、水の中を歩くと抵抗を感じるように、素粒子はヒッグス場を通過する際に抵抗(=質量)を得ると考えられています。この粒子がなければ、全ての素粒子は光のように質量ゼロで飛び回り、原子も分子も、そして私たち自身も存在できないのです。

ブレークスルー賞とその意義

ブレイクスルー賞は、基礎物理学、生命科学、数学の3部門からなる自然科学における国際的な学術賞です。セルゲイ・ブリンとアン・ウーチツキ夫人、マーク・ザッカーバーグとプリシラ・チャン夫人などのIT業界の著名人により創設されました。 この賞は、21世紀の科学の発展を促進するために設立された新しい賞ですが、既に科学界では非常に名誉ある賞として認識されています。

「シリコンバレーのノーベル賞」「21世紀のノーベル賞」ともよばれるブレークスルー賞の各部門の賞金は300万ドルとノーベル賞の3倍強で、世界でもっとも高額な学術賞の一つです。その高額な賞金は、科学研究の重要性と価値を社会に示す役割も果たしています。

賞金は300万ドル(約4億4千万円)に達し、実験には約1万3千人の科学者が参加しました。この賞金は若い研究者への助成に使われる予定です。 次世代の科学者の育成に活用されることで、科学の未来への投資となります。

解説:ブレークスルー賞の特徴

ブレークスルー賞は、ノーベル賞と異なり、複数の研究者や研究グループに授与されるケースが多いという特徴があります。また、最先端の科学技術に対する認識を高め、若手研究者への支援を強化する目的も持っています。「ブレークスルー」という名前が示すように、科学の常識を覆すような画期的な発見や技術革新を称える賞なのです。

LHC実験の最新状況と将来展望

世界最大かつ、最も強力な粒子加速器LHCは、メインテナンス、機器の強化、アップグレード作業のための3年以上のシャットダウン期間を終え、再び稼働を始めました。定期的なメンテナンスとアップグレードにより、より高性能な実験が可能になっています。

2022年7月5日からは史上最も高いエネルギレベル(13兆6000億電子ボルト)での運用が開始されました。CERNの同加速器の技術責任者マイク・ラモント氏は、「我々はATLAS検出器とCMS検出器の実験に毎秒16億回の陽子同士の衝突を提供することを目指している」と語っています。このような高頻度の衝突観測により、非常に稀にしか発生しない現象も捉えることが可能になります。

CERNでは、新型円形衝突型加速器「Future Circular Collider(FCC)」と呼ばれる構想が10年以上かけて具体化されてきました。FCC構想では、現行のLHCの3倍の長さに相当する全周91キロメートルの円形トンネルを、ジュネーブを取り囲むように建設する計画です。 この次世代加速器が実現すれば、さらに高いエネルギーでの実験が可能になり、現在の物理学では説明できない現象の解明につながる可能性があります。

解説:次世代加速器の意義

より大型の加速器を建設する目的は、さらに高いエネルギー状態を作り出し、現在の物理理論では説明できない現象を観測することにあります。例えば、宇宙の質量の約27%を占めるとされる「暗黒物質」の正体や、物質と反物質の非対称性の謎など、現代物理学の未解決問題の解明が期待されています。次世代加速器は、宇宙の根本法則の理解において、新たな章を開く可能性を秘めているのです。

素粒子物理学がもたらす未来への影響

この研究から、電磁気力、弱い力、強い力、重力の統一的理解、暗黒物質の正体の解明、素粒子の質量や世代構造の謎の解明など、素粒子と宇宙の様々な問題に挑むことができます。基礎科学の探究は、直接的な応用だけでなく、私たちの宇宙観や世界観を根本から変える可能性を持っています。

素粒子物理学の研究は、一見すると日常生活から遠く離れた基礎研究のように思えますが、その影響は私たちの技術や社会にも及んでいます。例えば、加速器技術は医療分野でのがん治療や、物質の構造解析による新材料開発など、幅広い応用につながっています。また、大規模な実験で生まれた技術やノウハウは、コンピューター科学や通信技術の発展にも貢献しています。

さらに、国際共同研究という形態そのものが、国境を越えた協力の模範となり、科学を通じた平和的な国際関係の構築にも役立っています。科学には国境がなく、人類共通の知的財産として蓄積されていくのです。

解説:素粒子物理学の技術応用

素粒子物理学の研究から生まれた技術の一例として、医療用PET(陽電子放射断層撮影)装置が挙げられます。これは、素粒子の検出技術を応用したもので、がんの早期発見などに役立っています。また、WWW(ワールドワイドウェブ)は、もともとCERNの研究者間でデータを共有するために開発されたものであり、現在のインターネット社会の基盤となっています。このように、基礎科学の研究は、思いもよらない形で私たちの生活に浸透しているのです。

日本の科学技術の国際的評価と今後の展望

ブレークスルー賞基礎物理学部門は過去にも、KEK関係者に授与されています。2015年11月に発表された2016年の同部門は、ニュートリノ振動の研究に功績のあった五つの国際共同実験に授与され、そのうちK2K実験とT2K実験およびそれらを率いた西川公一郎名誉教授(元素粒子原子核研究所所長)がKEKの関係者でした。日本は素粒子物理学の分野で継続的に国際的な評価を得ており、その研究水準の高さを示しています。

アトラスの装置の一部には日本が開発した半導体が使われています。日本の精密機器技術や電子技術は世界トップレベルであり、国際共同実験において不可欠な貢献をしています。

ブレークスルー賞は、同じくノーベル賞を受賞した山中伸弥さんや大隅良典さんも選ばれています。日本の科学者は、基礎科学の様々な分野で世界的な業績を上げており、日本の科学技術の高い水準を証明しています。

高エネルギー加速器研究機構(KEK)をはじめとする日本の研究機関は、国際共同研究に参加するだけでなく、独自の加速器実験も進めています。また、次世代の研究者育成にも力を入れており、将来の科学技術の発展を支える人材を育てています。日本の科学力は、国際社会において重要な役割を果たし続けるでしょう。

解説:日本の素粒子物理学研究

日本は素粒子物理学研究において長い歴史と実績を持っています。例えば、ノーベル物理学賞を受賞した小柴昌俊博士(ニュートリノ観測)や南部陽一郎博士(素粒子理論)、梶田隆章博士(ニュートリノ振動)など、世界的な成果を挙げた研究者を多数輩出しています。また、高エネルギー加速器研究機構(KEK)のスーパーKEKB加速器や、東京大学宇宙線研究所のスーパーカミオカンデなど、世界最先端の研究施設を有しており、国際的な研究拠点としても機能しています。

おわりに:宇宙の謎への終わりなき挑戦

2025年ブレークスルー賞の受賞は、素粒子物理学の分野における国際共同研究の成果と、その中での日本の貢献が高く評価されたことを示しています。LHCでの実験によって、ヒッグス粒子の発見という歴史的な成果が得られ、物質の質量の起源についての理解が深まりました。しかし、物理学にはまだ多くの未解決問題が残されています。

暗黒物質や暗黒エネルギーの正体、四つの基本的な力(重力、電磁気力、強い力、弱い力)の統一理論、物質と反物質の非対称性など、宇宙の根本に関わる謎は依然として解明されていません。LHCでの実験と、将来の次世代加速器での研究は、これらの謎に挑み続けるでしょう。

科学の探究には終わりがありません。一つの発見が新たな謎を生み出し、その謎を解明するための新たな研究が始まります。素粒子物理学の研究者たちは、国境を越えた協力の下、宇宙の根本法則の解明という壮大な挑戦を続けています。その成果は、私たちの宇宙観を変え、未来の技術に影響を与え、人類の知的財産として蓄積されていくでしょう。

解説:物理学の未解決問題

現代物理学には、いくつかの大きな未解決問題があります。例えば、宇宙の質量の約27%を占めるとされる「暗黒物質」の正体は何か?宇宙の膨張を加速させている「暗黒エネルギー」は何か?なぜ宇宙は物質だけで構成され、反物質がほとんど存在しないのか?などです。また、ミクロの世界を記述する量子力学と、巨視的な宇宙を記述する一般相対性理論を統一する「万物の理論」の構築も大きな課題です。これらの問題の解決に向けて、理論と実験の両面から研究が続けられています。